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2007.08.31 無謀だけどね
青風に載ってしまったのでご存知の方もいるだろうが、今年の短歌研究新人賞に応募した。
いろんな人にすすめられて考えないでもなかったが、月々の12首だけで苦しんでいるみかに新作30首を作る時間はなく、その気もあまりなく、まあ来年くらいに時間をとりつつ30首揃えてみるかなぁ~くらいに思っていた。
ところが6月1日の締め切りの10日位前のことである。青風の20代のS君から、そういうのがあるなら出そうかと思うのだがとメールが来た。内心「今からかよ!」作れるモンなら作ってみんさい…くらいの気持ちだった。しかし彼は一晩に10首くらい作れてしまうので、どんどんとできました~って感じでメールが入ってくる…。夜中にそれを見て、ちょっとアドバイスをしてなんてことを連夜していると目と頭が冴えてきてみかもつきあって何首か作っていった。そうこうするうちに締め切りが1日違いの角川の賞にも応募すると彼が言いだし…、もう一人の20代のSさんも出すそうですとかなんとか…。若さには叶わない…(^_^;) 正直まだまだやけどなぁって思いつつ、そこに賞があるから出す。歌がいっぱいできたから出す。そういうみかたちにはない発想が羨ましくもあった。
結局彼らに引きずられるように歌を作り足りない分は(到底足りなかった)青南で過去に落ちた歌に手を入れてなんとか30首無理矢理揃えた。プリント可、消印有効ということがあったのでできたことだが、3人とも締め切り当日に投函したのである。
結果は3人とも予選通過のみ。とはいえ予選というのはほとんどの人が通るのである。有効応募数が519で、予選通過は440。ね。だから応募ありがとう賞みたいなものである。まああんな4日やそこらで作ったものがそれ以上のものであるわけはないので、それは別になんとも思ってない。
鰹太刀魚/ヤリイカ/ハモただ、内容はともかく旺盛な作歌意欲に触発されたことに感謝している。いくらでも作れそうな彼らは本当に歌が好きなのだと思う。その作品にベテランの方々がいろいろ思っていることも耳に入ってくるが、それはそれだ。歌を好きで出発しはじめた彼らがどこに向かっていくかはわからないが、芽を摘むことだけはないように、こちらもいい刺激を受けていければいいと思っている。なんせ俵万智や穂村弘をバイブルにしているのだ。仕方がない。生活の歌がバイブルにならなかったのは、彼らの責任ではなく何かを守ってばかりのこちらにも責任があるはずなのだ。そんなこというたらまた怒られるんかなぁ(^_^;)
鮎/湯葉じゃあ、美味しいものでも食べて機嫌なおしてね…誰がやねん。
上左から、戻り鰹と太刀魚焼き霜造りの造り/子持ちやりイカと野菜の天ぷら/活けはも卵とじ
下左から、鮎の酒蒸し焼き/生湯葉カニあんかけ
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ご親切な車市役所前にもトラッフィーまだ相当に暑い日が続いている。夕方でも32度って飲料メーカーの車が教えてくれる。暑苦しいんじゃ~。こんなに暑いのに大阪では世界陸上が開催されている。マラソンでリタイアした人が多かったのも致し方ない。いくら世界のトップランナーといえども、家に居ても亡くなるお年寄りがいる気温で走るのだ。7時から走っても9時には30度を超えているのだから、5時頃から走った方がええんちゃうか? ところで世界陸上の公式マスコット“トラッフィー / Traffie”はトラックとフィールドの造語だっていうけど…。走ったら速いんやでって感じか…。今大阪のそこここにいる。
世界陸上フラッグ男子は終わったが、次の日曜が女子マラソンだ。得意先の選手という縁で社会人デビューのときから小崎まりを見守ってきた。一応みかももと陸上部(おっそい短距離選手やった…)だし、社長が取材したテープや写真をずっと編集しているので他人とは思えない。小崎は「マラソンなんて長いからヤダ」なんて若い頃は言っていたが、駅伝の女王といわれるようになって、ようやく挑戦したマラソンでは2回目で日本歴代3位(当時の)の記録を出した。まりちゃん30歳を過ぎた今も自然体でトップにいていつも笑顔なのがかっこいい。女性ランナーで走ってる顔が様になるのも珍しい。日本の女子マラソンは層が厚いのだが、オリンピックで活躍した高橋尚子や野口みずき以外は名前をなかなか憶えてもらえないが、2~10位に世界レベルの選手がごろごろいる。まりちゃんも世界選手権は2度目(1万メートルも含めれば3度目)。
先頃まで北海道で調整していたが、今頃は神戸で暑さに身体を慣らしていることと思う。今度の日曜の朝が少しでも気温が下がっていることを祈るばかりだ。応援してね~(^^)
朝食3日目の朝食は昨日長蛇の列で断念したブッフェHAPUNAへakiちゃんと再チャレンジした。メニューが豊富で美味しくて歌会が控えてなければ1時間くらい埋没して食べ尽くしたいくらいだった。讃岐うどんまであったのだ!
さて、最終日もマイクの係を承る。いっしょにやってみかはつくづくとakiちゃんを尊敬した。akiちゃんはマイク係をしていても眠れるのだ!選者の評から次の歌に移って第1評者の終わりまでが座っていられる時間なのだがその数分に居眠り、何事もなかったかのようにすっとマイクを持って駆け出す…。初日の鍵事件もそうだが、みかは生涯この人についていこうと思った。
看板最終の司会は奈良のSさん。補助は上尾のTさん。Tさんはいい声だ。Sさんが沈む声なので会場が暗くなる。それをTさんの声が救う。司会って声も大事なのね…。
歌評は逸見さんと堀江さん。堀江さんは読むときにはできあがったものより人の気持ちから入りたい。気持ちを知ろうとするに何が物足りないかって考えるそうだ。だからか、こっちがいいなと私が思うものとはたいがい逆をいく。作り物がきらいなんだろうなと、最近少しわかってきたが、それはそれで難しい。気持ちは出ていても面白くないぞ!と思ってしまう私の読みはどうなんだろう。そういえば「面白い」という評に高恵さんが「面白いとはどういうことですか?」と質問していたが、それが明確に説明できる歌はきっと面白くない。説明はできないが、説明を必要としないものがほんとに面白いのだと思う。ほかの誰かに説明を求められるとしたらそれはほんものの面白さではないのだろう。ナマなものでも気持ちの通ったものでも、変わったものでも有無をいわさない強さがあれば押し切れる。そういう強い歌がみかを含めて見ることはできなかったように思う。
難しいね。やはり。
そして正午、ついに歌会終了となる。お疲れ様でした。みんなでお弁当をいただいて解散だ。その後、選者と運営係の人たちで茶話会。みながひとつになったいい会だったとの声。会場手配の責任者のOさんが感極まって涙ぐんだ。とにかく大きな会は裏方の人の力がなければなんともしようがない。みな無償で遠来の会員を迎えるために必死だったと思う。ありがたいことである。
新橋新橋駅前そしていよいよの散会後、雲さんとakiちゃんに新橋まで連れていっていただく。歌仙のオフ会だ。ひの字さんとワカメさんにはじめてお会いできて感激。ネットで知ったとおりの素敵な人であり、またそれ以上にいろんなものをお持ちのもっともっとお話ししたい人だった。ワカメさんたちがみかの実物にがっかりしなかっただろうかと、ちょいと心配(^_^;)
新橋のビールを飲んで今年の上京は〆となる。お疲れ様でした。
みなさん、きっとまたお会いしましょう!
2日目の朝食は上尾のTさんとakiちゃんとフードコートでバイキング。Tさんとはじめてゆっくりお話ができた。なんでも詠草を全て書き写し評を書いて来たそうだ。すごい!いや、みなさんやってるのかな~。そのくらいして臨むくらいでなくっちゃだめかも。みかはわからない固有名詞を調べる程度で終わってる…。申し訳ない、情けない…。Tさんとohiraさんとsakoさんが同年代で、みか的にはこのちょっとお姉さん世代がこれからの青南の鍵を握ってると思っている。いいんじゃないか、Tさん。(もうちょっと肩の力を抜いてもいいかな。ってみかが抜きすぎなのね(^_^;))
マイク担当席から熱心に! 右マイク係のIさんがマスクをして調子が悪そうなので代わって受け持つことにした。座っていたら眠りかねないので丁度いい。歌会は今福さん、柴田さん、梅沢さんと選者が移る。さすがに柴田さんは明確でなおかつちょっと熱いところが素敵。それに厳しい言葉も今年は多かったように思う。「まとまってるけど、よかったねとしかいえない」とかね。
そして、欠席の岡田さんのところをなんと小市先生がフォロー。みかはほとんど小市先生の歌評を聞いたことがなかったので新鮮だった。みなさんはお元気な頃と変わらないのでうれしかったと感激されていた。ほかの誰とも違う、あっさり明瞭な指摘しかされない。清水先生のようなサービス版も全くない。みか的に圧巻だったのは偶然清水先生とみかの歌が並んでいたこと。
61番「前のは簡単に始末がつかない内容だからね後の方がいいね。これはあっさりしていてうまいもんだね。」
62番「前は幼稚だよだめだ。後の方がずっといい。これはいいんじゃないの」
いやいや、要点だけでばっさりいってしまう他の選者とは違う言葉の少なさは高度だ。うっかりしているとおいていかれる。懇切丁寧より好きだ。でも自分で考えなければいけないことがいっぱいでてくるんだろうな。清水方式が好きな人の方が多いのだろう。
乾杯最後は根本さんで2日目の歌評は終わる。そして夕食兼懇親会はくじで席が決まり、みかは6番のテーブル。栃木のAさん、横浜のTさん、愛媛のOさん、上尾のTさん、東京のSさん、奈良のSさん、静岡のTさんといっしょ。東京のSさんだけが知らない人だ。これがまたおかしな人でいっぺんにファンになってしまった。アララギのことを一生懸命話す人がいると「アララギ1本お箸は2本」、食事の席でまでいい歌を!なんてといわれると「いい歌つくろう何幕府?」なんて歌うように言い出すのである。こんな人がいるんだと思うだけでうれしい…。みんな固いからねえ~(^^)
食事の後も自由参加で交流会があり、半分くらいの人が集まって椅子を寄せ合いいろいろ話をした。とはいうものの一部の熱過ぎる人が建設的なふりして非建設的なお話をしていた感じだなあ。青南を図書館に置こうが書店に置こうが、ホームページを作ろうがそれだけで人が見ると思うのが不思議だ。アララギのように知名度があると思っているのだろうか。それこそ学校の先生や知り合いに勧められ、なおかつ知っている人の歌が掲載されていてはじめて読んでもらえる可能性がでてくるくらいのもののはずだ。ましてや読んで興味を持つだけの雑誌のはずがない。むしろ現会員のほうが全部読んで面白さを発見すべきだと思う。自分がいいと思えるものなら人に勧められるはずだもの。
お開きのあとは事務局のH編集長と埼玉のIさんの部屋に行って小市先生差し入れのビールをベッドの上で飲んでいた。こうして2日目の夜も更けていくのであった。
2007.08.22 青南特別歌会
品川駅しばらくお休みしてしまった。お盆で高松に帰り青風の歌会に出て、その後鬼ヶ島に鬼退治に行く相棒のお供をしたり、炎天下に有名うどん製麺所に1時間ばかし並んで1分でうどんを食べたりしているうちに東京の青南特別歌会の日を迎えてしまった。
18・19・20日と「第10回青南特別歌会」に参加した。
新幹線を降りる頃いっしょになったtokoさんと品川駅の高輪口前の横断歩道を渡って会場の品川プリンスホテルへ。いくつものタワーがあってややこしいホテルである。二人できょろきょろしていると同じくきょろきょろしている男性発見。選者のN氏である。N氏は名乗るまでみかに気がつかなかった。「去年はもうちょっと颯爽として大人びていたよ」うーん、そうなのか?ずいぶん前からいい大人のつもりなんだが…。
3人で26階の「日光」の間へ。エレベーターを降りると受付でY農園さんが待ってたよと迎えてくれる。Hさん、Fさん…雲さん!見知った顔がにこにこしている。会場に入るとみなそこここで挨拶をしたり握手をしたり楽しそうだ。近畿青南のメンバーも青風のメンバーも揃っている。いつもやさしい愛媛組とか、歌会で親しくなった山形組。名前は覚えていないが顔は見覚えのある人がたくさんいてうれしくなる。
選者席にすでに着席の清水先生のところへ行くと怒ったような顔が急ににやっとなる、あのいつものとおりの雰囲気で「来たか、どうだ今日はちょっと暴れるかい?」などとおっしゃるのである。返事に困るようなことを一言言われるのはいつものこと。その後各選者のみなさんにご挨拶したのだが、今年はいつも以上にみなにこやかでさわやかな感じがする。
小市先生ご夫妻も席に着かれた。京都のUさんの伝言があったのでお伝えしたら、草子さんがフルネームで呼んでくださって、いつもありがたいと思っているのよ、近畿を大事になさってねといわれ恐縮してしまう。
会場熱心に!左akiちゃんが席を確保してくれていたのだが、秋田のMさんと高恵さんの間に座ることになる。ステレオで「んだ、んだ…んだな」が耳に入ってくるのは心地よいものがある。向かいにはy-benとうさんや大分のTさん、上尾のTさんが見える。
初日の1時から歌評会。席順の第1評と司会が任意に当てる第2評そして選者の第3評。はじめは清水先生担当で3時半からは選者伊藤氏に交代。清水先生の言葉を聞き漏らすまいとの雰囲気はなかなかのものだった。後半になって第2評があたった。ohiraさんにいつもよりぼんやりした評だった…と。へへ、ちょっと寝てました。5時で終わると食事をはさんで7時より討論会である。
休憩してから部屋の前の廊下を歩いていると鍵がささったままの部屋があるではないか!事件だ~~「もしもーし」そっとあけるとそこには!!!akiちゃんの服が~。鍵あけたままシャワーをあびるなんて、大胆にもほどがある。大きな人だ。
さて、討論会では冒頭の意見発表が当たっていたので若干緊張(^_^;) して壇上の席へ。でも今月の歌がかっこよかったHさんの隣だったのでうれしい。また年毎に知った顔が増えるので緊張も中ぐらいなり~であるかもしれない。あとでMさんにいつもtakeさんは淡々としていていいよね、わかりやすいよと言ってもらえたが、ま、私の話は平板だったかもしれない。本当にいいたいところをちょっとずつずらして穏当なところにおさめるので…。討論会は熱心な意見もあったが、実は本人が思っているほど現実的な意見ではないことに気付いてないのが痛々しいことが多々あった。またテーマである「青南の歌は如何に進むべきか」よりもほとんど「青南」はいかに進むべきか今後どうすべかあってところに話がいく。そりゃあそうだろう。が、いずれにせよ答えが出る話ではないのである。
akiちゃんと討論会のあとは1時間ばかりS先生のお部屋にお邪魔。久しぶりにゆっくりお話ができた。先生とみかがいっしょにやることが大事なのでバトンタッチ的な話は聞けないといったら先生が急に元気になった気がする。だといいのだが。寝る前にakiちゃんを電話で呼び出してホテルの最上階で乾杯をした。さすがにビールの小瓶が1300円ほど! 初日の夜はこうして更けた。
2007.08.10 よく噛んでね
かわいくて強い!掲示板にのせた作品1のなかに「春の時雨」というのがあって、春に時雨はおかしいよねぇとwakoさんのご指摘。確かに、うっかりと見過ごしていたが時雨は『秋の末から冬の初め頃に、降ったりやんだりする雨』と広辞苑にはある。俳句の世界では冬の季語である。今回の作者的には通り雨の意味合いで使ったものと思われるが、見る人は見ているし、詳しい人にとっては気になる言葉の使い方となるだろう。日本語は難しく奥深い。知っているつもりでも誤用の場合もある。丁寧に美しい日本語を使えるものでありたい。
暑くても頑張ってる!とはいえ、この暑さ、35度越えも珍しくなくなってくると歌など作れたものではない。東北に有名歌人が多いのは風土とかより単に気温のせいかもしれん…。フィンランドにはすごい詩人がいる気がするが、ケニアやブラジルにはおらん気がする。言葉より音楽なんちゃうん…、すみません、暑すぎていい加減なこといいました(^_^;)
今日は仕事が終わったらバスで高松に向かうことにしている。なんせ明日は青風の歌会なもので…。20人以上が集まるらしく、初めてお会いする人がたくさんいるし、県外からも多いようだしまた20代がふたり参加と聞いている。wakoさんちでロビンくんにも会えそうだし、いろいろと楽しみである。
今日のランチランチメニュー今日はランチをはりこんだ(って880円ですけど…)。暑いから元気を出そうと選んだメニューをちょっとみてもらおう~。よく噛んでよく味わって召し上がれ~っと、どうもご親切に…(^_^;)

目玉ライス古ポンプ暑いので思考能力も衰えるというものである。黒い日傘を差して歩いていても効果はなさそうだ。汗が先立つ。陰に入ったらなんかに見つめられた気がしてみたらオムライスのサンプルだった。目玉に見えるのがこわい。左のは大盛りにもほどがある大オムライスである。うーん、暑苦しい。しばらく行くと水なんて出そうもないポンプ発見。風俗街の道端にある。昔は風情あるところだったに違いないのだが。
金魚百日紅・白料理屋の店先の金魚。かわいそうに日蔭でもきょうは34度、水は湯になっているに違いない…。おっ、白い百日紅が! これはちょっと涼しげである。
ところで白くても百日紅でいいのか? まあ百日白ってのもなんかねえ(^_^;) 
百日紅の歌でも。

  百日紅今年また咲くこの国の記憶の芯に火を点けながら    三枝 昂之
  百日紅ようようにして夏果てるもうよろしいと言わんばかりに
2007.08.02 ある歌人
黄睡蓮今朝いつものように電車で青南を読んでいて涙が止まらなくなった。実は一度だけお会いしたことがあった奈良のある若い会員がこの春亡くなった。その母上もまた古くからのアララギ会員でお元気な数年前までは近畿青南にもお見えだった。足と耳が衰えて今は遠出は辛いとうかがっている。
逆縁というだけでも母上の悲しみは想像しても余りあるものがある。闘病中も母娘の交わす歌に胸がつかれることが多かったが、この6月号から見られるようになった挽歌の数々。そしてこの8月号では少し落ち着いて振り返る母上の歌に泣いてしまったのである。
 子と二人の歌会のありき貶めて或は褒めて夕暮るるまで  堀田三重子
 語気強く反論するに対ひたり幾度なりしや親子の歌会
歌のことではあまり会話を交わさないのだとずっと前に伺ったことがあったので、おそらく娘さんが手術後小康を得てこのままよくなるのではないかと歌の上からは感じていた頃、まさに亡くなる少し前になってからお二人で歌会を持ったものと思われる。濃密な時間を過ごされたことと思う。娘さんがお亡くなりになってしばらくして地元の歌会に母上が現れ、土屋先生も息子さんを亡くされたときにたくさんの歌を詠われた。私も詠わなければならないと思うと宣言されたという母上のことをほかの会員から洩れうかがった。壮絶な歌人である。
娘さんは私より少し年上の、でも臈長けた少女のような雰囲気のあるとても知性的な方だった。一度お会いしてすぐに歌を止められたのでその後お会いする機会はなかったが、数年後再び青南にお名前を見たときはとても嬉しかった。しかし、すぐに病中の歌となり案じていたが、手術後よくなっていく歌の流れに迂闊にも全快したものと思っていたのである。この先また交流の機会があると信じて疑わなかったことが悔やまれる。
あか睡蓮ご冥福をお祈りし、また母上のさらなるご健詠を願ってやまない。娘さんの名は鞍貫三智子さん。3月号まで歌をみることができる。去年の夏には病にまつわる母娘双方の思いが交錯して胸を打つ。時間のある方は青南の奈良の頁を少し遡ってご覧いただくとお二人の歌にその経過が見えてくる。多くの方に読んでいただくことがご供養かとも思う。