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2008.04.28 4月歌会
大阪のマーガレット草津のハナミズキ昨日は4月の近畿青南歌会だった。もう春というか初夏というか…。草津までにも方々で花見ができてうれしい。
11名参加と久しぶりに2桁だったので、多くの意見が聞けた。今回歌にバリエーションがあって解釈の違いや好みの別れる歌が多かったので意見が割れるところがあり少々白熱もした。また歌の数が多くなるとやはりちょっと弱いのも混じっていて、この言葉はいらないとかだめとか弱いとか、何がいいたいのかわからないとか追いつめられる歌もあった。しかし、なるほどそうですねぇと受ける作者あり、ああそう読むんですか~と感心することしばしの歌もありで、なんだか楽しかった。
私の歌では相変わらずよくわからないという人と私もこんなふうに詠えればと思うという人が対立していろいろ聞かせていただいた。誰もにわかってもらうというのは難しい。
京都駅の接方来で食事京都のミニバラと玉椿終わってから奈良のMさんと生駒のHさんと京都駅で食事をした。これがまた楽しかった~。夕方から呑むっていうのもいいもんである。(ま、私の場合いつでもそんな感じになるが…)Mさんは80を超えているが生ビール、白ワイン、日本酒と呑んでいつもと変わらない。あああやかりたいあやかりたい!
また行きましょうね~。
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2008.04.24 おとろしー
事務所のあるビルは古い。築50年くらい。けど、メンテナンスがいいし、掃除が行き届いている。10年くらい前にも3億円ほどつかって、外装をやりなおし、トイレと給湯室を改装した。超快適だ。しかし、どうしてもおそろしいものがひとつある。それはエレベーター。50年間ずっと使用されているのだ。1階の扉はシルバーの新しいものだが中味は昔のまま。ボタンもおしたら戻らない感じがする出っ張った旧式で、まあよくいえばレトロ…。扉がすぐに閉まるのではさまれることもしばしばあり、停まるとき動き出すときは奥の部屋まで音が聞こえる。がーん、がたん…。月に2回も定期点検がある。ずーっと怪しいと思っていた。
こんなボタンいかが…点検中それは昨日のこと。いつものように5階を押して上がっていったのだが、ランプが5に停まったのに開かないのである。えっ?「開」ボタンと5ボタンを何度も押していたら少し扉が開いたがすぐにバンッ!としまった。血の気が引いた…。もう一度「開」ボタンをたたき続けているとまた少し開いたので身体ごとこじ開けたが見ると5階の床より15センチは下に停まっている…。あわてて足をかけて外に出たらすぐに扉はしまって下りていった。恐怖の一瞬である。あわてて1階の管理人室に電話をした。誰も乗せないで~!
緊急電話??エレベーター管理会社の人が来て点検修理したらしい。ずれていた部品を新しいのに交換したのでもう大丈夫ですって、報告の電話があったけど…。ねぇ、そうはいわれても安心できるかっていわれればねえ、ほんの何十秒かのできごとだったけど、こわかったよ、そりゃ。5階だし、それから2日は歩いて上がり下りしてます今のところ…。確かボタンの上の緊急の扉の中に旧式の黒い電話があったはずだ…で今見に行ってみた。あれ、ほんとに使えたんだろうか…(^_^;)
2008.04.21 ワサビ会
御堂筋の緑お初天神・左近の桜新緑のみずみずしさは御堂筋のような繁華な通りにもあり、つい立ち止まってしまう。この時季の歩道橋の上からの眺めって好きだ。街路に続く緑、都会の緑もそれなりに美しいものだ。お初天神の左近の桜も満開だった。
昨日、新しい歌会の第一回を開いた。生駒駅前のコミュニティセンターの1室をHさんに用意していただいた。
コミュニティセンター生駒のHさん、奈良のohiraさん、東大阪のTさんと私。4人の会である。都合がつけば来られる方もいらっしゃるかもしれないが、基本4人の会となるだろう。とりあえず部屋を取るのにHさんが「奈良青南歌会」と仮につけてくれたが、私たちの会として名前をつけようということになった。奈良の県花ってなんだろうと聞くと馬酔木だという。そこから馬酔木の花はいいね、好きだね、今が盛りだしちょうどスタートにあうしいいねということで「馬酔木(アセビ)の会」とすることに決定した。
馬酔木だが帰って調べたら奈良の県花は八重桜であり、県木はスギだった。ガセネタだったが、まあいいだろう。っていうか「馬酔木の会」悪くない。瓢箪から駒みたいなのは、この会の成り立ちに合っているかも知れない。
12時に集まって食事をしながら名前を決めたり方針を決めたりし、1時から4時半くらいまでみっちりと歌会をした。そんなに時間が経っているとは感じないほどあっというまのことだった。自分の歌が人にはどう読めるのか三様が聞けて考えさせられる。これは人にはわからないだろうなぁという歌ももっと見てもらおうという気になった。これからよろしくお願いします、である。
帰ると相棒がどうだった? と聞くのでうまくいったよと話をすると、そうかよかった。いいじゃない、ワサビの会って…。おいおい違うよ。ま、それもいいけど(^_^;)

 磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど見すべき君が在りと言わなくに
   大伯皇女
2008.04.18 春の嵐
八重桜ピンク八重桜 白ソメイヨシノも葉桜となり、銀杏の新緑に初夏の匂い…と思ったらなんだか爆弾低気圧?嵐のようになってちょっと寒い。このあたりのお寺には八重桜が多くて今が盛り。遠くから見るとちょっと重たげだけど、近くでみるとひとかたまりがかわいい。
今日携帯電話に亡くなった高野さんのお嬢さんが高野さんの歌に出てきた愛子ちゃんの写真を送ってくれた。なんだかじんとしてしまった。こういうのはかわいいとなおさらぐっとくる。
八重桜 美しく…春だよね~そういえば、このまえの「秋田アララギ」は高橋さんの追悼号で、とても丁寧な作りで、皆がどれほど彼を慕っていたか、どんなに愛される人柄だったかが伝わってきて悲しみがまたわいてきたけれど、歌に対して心新たにもなった。歌を通じてこそつながっていたんだよね、高野さんとも高橋さんとも。そう思うと、ちゃんとしなきゃなぁっていうか、もちょっと一生懸命してみるか、とか、ね…。いっつも意気込みだけだけど、へへ(^_^;)

  いやなんです
  あなたのいつてしまふのが
八重桜の下でなんとなく思い出していた「智恵子抄」の冒頭。
2008.04.15 一目万本
中央が吉野中心・蔵王堂中千本出発土曜日に奈良の吉野に行った。ついさっき蒲団に入ったような気がする頃、相棒に起こされ車にほうりこまれ、大阪から西名阪を通り飛鳥を超えて交通規制のかかった吉野山麓まで、そこからはシャトルバスに乗り、なんと朝の9時には吉野山の中千本に立っていた。そもそも吉野の桜は下千本から上にあるのだが、下が山の中腹なのである。電車で行くと吉野駅から七曲りのハイキングコースかロープウェイで下千本そして中千本から上千本、奥千本全山で3万本の桜である。
大塔宮の碑あたり世界遺産なのだな~大半はシロヤマザクラで、若葉とともに咲くのでソメイヨシノとはちょっと感じが違う。また桜を絶やさないように植林を続けているので木の老若によって花の色や枝振りがずいぶん違う。一面の桜にかなり濃淡があるのはそのせいだ。枝垂れ桜もけっこう見られる。観光のためではなく大峯山信仰の神聖な木として守られている、ありがたーい桜なのである。中千本から上へのバス乗り場は長蛇の列。私たちは歩いて上ることにした。大塔宮の碑を見てひたすらに登る。ひたすらに桜である。道沿いの桜と眺め下ろす桜。ちょっと疲れが出始めるとうまい具合に展望台があり、うまい具合に葛餅を売っているのである。まんまとはまって絶景よのう~旨いの~となるのである。
水分神社上千本 金峯神社到着一息ついたらまた登る。そして水分神社に到着。表にソメイヨシノ、境内に枝垂れ桜。お参りしてさあ金峯神社へ。勾配がかなり急になり景色を見る余裕がなくなるとともに吉野杉がうっそうとして桜はいずこ…ということになる。上の方はまだあまり咲いていないので色がなくなってきてまさに役行者をしのぶハイキングとなり、無口になった頃到着。
大半の人がバスで上千本まで登って上から歩いて降りて来るので下りのバスはがらがら! よって私たちはバスで中千本へ。登った道とは別のうねうねと曲がった道を降りていく。こんなに登ってきたのかと思うほどバスに揺られる。
ここが竹林院そして中千本の竹林院へ。太閤秀吉の観桜のために千利休が造築した桜尽くしのお庭を拝見。そしておそらくここが吉野観光のメイン吉水神社へ。1300年前に役行者創立した修験宗の僧坊だった(明治の神仏分離の際に神社になった)。
一目千本 吉水神社一目千本後醍醐天皇が南朝の行宮と定めたところであり、また義経と静御前が別れをした舞台であり、秀吉が天下統一の権勢を示す花見を催し、かの「一目千本」といわしめた境内がある。
実際はもっと素晴らしいですよ~蔵王堂~下千本この眺めは写真では伝えきれないものがある(いいカメラがほしいです…)。
そして吉野の中心ともいえる蔵王堂をから下が下千本で、満開から散り初めの風景の中お弁当をひろげるのに格好のひろくゆるいなだりである。
この人出…実はこの日はなんと年に一度の大名行列(竹林院~金峯山寺蔵王堂まで)があったのだ。僧侶や稚児に山伏そして信徒が行列を整えて練り歩く。おいおい、練り歩くのかよ…。写真のごとく狭い沿道を埋め尽くした人はさらに練り歩く行列のために道をあけしばらく身動きも出来ず見物しなければならない。これはあかんやろ。花曇り上から下に降りて行くに従い人があふれ、ついにはこんなお見せしたくないくらいの混雑である。
一度は見てほしい吉野の桜、でもどうか満開時の土日には行かれませんように…。
2008.04.11 ていれき
人参分葱里芋つくし北木島まで車で行ったのをいいことに帰りにYさんに野菜をたっぷりたいだいた。野菜って美しいよなぁ…。以来毎日、山盛りの野菜を食べている。アサツキ・分葱・太葱、レタス、ブロッコリー、里芋、人参そしてつくしとクレソン。
クレソンこのクレソン(=ていれき:「てい」は草冠に亭、「れき」は草冠に歴)は土屋文明先生が疎開中の食糧として大事にしていたあのていれきであり、かの大川邸でYさんが株分けしてもらって増やしたものである。これ食べたら少しは先生に近づけるのか…。匂いも辛さもほどほどでとても美味しい。クレソンが美味しいと思ったのは初めてかも。いやぁ、あやかりたいものであーる。なんて思っていたら短歌新聞のインタビューで清水先生が短歌は自己責任、うまくいってもいかなくても責任は己にあると応えてらした。聞こえたか…(^_^;)
Yさんは学校の先生だったが、定年退職後に野菜作りをはじめた。一人で難しくないですかと問えば、売るためのものじゃないから大丈夫。野菜は種を播けば育つ。播かないと育たない…と含蓄のあるお言葉いただきました。
2008.04.09 島と菜の花
北木島流し雛フェスティバル一年ぶりに岡山の北木島に行った。去年同様「流し雛フェスティバル」に参加するためである。朝4時に出発した。うーん、スーザンたちと呑んだ翌朝のことなので若干ハードである。っていうか、超ハード…。
流します~しかし、暖かな日差しと島ののんびりムードにひたれた春休みである。
相棒の運転で相棒のお姉さんもいっしょにでかけ、島で笠岡から参加のY農園さんと合流した。去年よりもツアー客が増えている。去年は手作りの雛舟が流すとともに沈没したので今年は相棒が海に入っていって流してくれた。ケーブルテレビのカメラマンもいたが、はじめひざくらいの水のあたりで映していたのが、ズボンが濡れてくると腹が据わるのか結局腰までつかって雛舟を撮影していた。
魚づくし…島散策を兼ねてお墓参りもしたあと去年も行った島唯一のお食事どころグルメ北木島で昼食。去年は量が多すぎて食べるのが苦しかった。「うちのはつい張り切って作り過ぎちゃうんです」とシェフの奥さんが言っていた。量よりで質でお願いしますと言っておいたが、やはりY農園さんの目が点になるくらい、これでもかと料理が並んだ。確かに去年の8割くらいだが、それでも一般常識の1.5倍くらいある…。いやぁ、島の魚づくし、おいしかったですが。何か…
とにかく菜の花一面の菜の花帰りは笠岡に上陸してからYさんの案内で干拓地の菜の花畑に。こりゃすごい~。今でもすごいが、咲き揃えば3000万本とか(どんだけやねん、3000万本って…)これからしばらく楽しめると思うのでお近くの方はどうぞ!おすすめです。
美しい春の一日でした。
2008.04.07 怪しい夜
やっぱり妖しい枝垂れ桜暗くてわからないが枝垂れ桜週末に、東京から京都へ所用でいらした鯛蔵さんとお供のスーザンとうちの相棒とで夜桜見つつ京都をそぞろ歩いた…ってなわけには行かなかった。相棒が折角だから円山公園の枝垂れ桜を見ていただきたいと案内したはよかったが、なんか初詣並みの人出で河原町から八坂さんまで通常の3倍ほどの時間がかかり、ほとんど人の頭ばかりみている申し訳ない散策となった。先斗町も祇園も人で埋まっており、鴨川の川風も風情もあったものではない。目的の枝垂れ桜も単なる人混みの暗い桜の木…。残念。(この前のまだつぼみ固しの夕景の風景から満開にはなっていたのであわせて想像して下さい)
酒菜ばんから桜の満開、週末、春休み、好天気と揃いすぎた結果だろう。でもまあ、なんとか桜を見上げてから西木屋町の高瀬川沿いのお店へ。一応川と桜を眺めつつとロケーションだけは用意したのだが、さて。
花より団子の仲間内…。で、考えてみれば何の集まりだかよくわからないが、スーザンとみかがああだこうだとわけのわからん話をしているのを鯛蔵さんと相棒が気を遣ってお世話してくれている図みたいな宴会となっていた。お店の外いや、楽しければそれでいいのだが、楽しんでるのはスーザンとみかだけだったかも…。ええ加減に酔っぱらっていくみかといっしょに調子の出てきたスーザンのお隣で素敵なお姉さんの鯛蔵さんはお疲れだったかもしれない。でも、またきっと来て下さいね。そいで私たちも東京に行くときはもっとお世話になったりなんかして…。
いっぱい食べました…食べて呑んで、木屋町から四条烏丸までぶらぶら歩いて地下鉄の駅でお別れをした。お名残惜しいが楽しい時間はあっというまに過ぎるのである。チーズケーキおいしゅうございました (^^)
2008.04.04 春なのだ
雪柳白玉椿少々肌寒かったりするのだが、すっかり春であり、桜は満開の時を迎え、いろいろな花々が咲き揃い、鳩は水浴びをしている午後である。なんか幸せな気分になるのである。

留守を見守る白き椿も散り尽しわが家開けば闇流れ出づ      
 馬場あき子
牛乳のあふれるような春の日に天に吸われる桜のおしべ     
 小島 なお
春雨はさくらはなびら抱きて落つさくらのいのち濡れておちゆく  
 松平盟子
さくらさくらさくら咲き初め咲き終りなにもなかったような公園  
 俵 万智
鳩たちの影はこゑなくあそびをり雨水の朝の駅のはたてに     
 大辻隆弘
青虹のうなじ光りつつどの鳩もびくりびくりとすぐに驚く     
 小島ゆかり

桜咲く鳩は水浴び




2008.04.01 再現シーン-10
大阪の川本日はようこそのおはこびで…。ついに終わってしまいましたね、ちりとてちん。朝が寂しいです…。最後はかなり盛り込んで20年後から振り返ってのこととはいえ、みんなの将来を語ってたいへんでしたね。若狭が目指していたのが落語家ではなかったというのが、とんでもない落ちでした。普通に考えると成長物語として、数少ない女性落語家としての成功が描かれるはずなのに、とことんセオリー破りです。
お母ちゃんみたいになりたいっていうのはあくまで精神的なことだと思うので、なんも落語家やめんでもええがなっていうのが正直なところです。やっぱり芸の世界では女は裏方かい…って感じもしてしまいましたが、こういうのもありか、とも。確かに人にはいろいろな生き方があっていいはずだし、若狭の場合小浜を出て草若宅に迷い込んだとき居場所を見つけた、それに尽きているのかもしれません。
白米稲荷の鳥居川端康成も…友人が天神さんになんで赤い鳥居があんの?って聞いてきました。草若宅の表でのシーンでときどき鳥居が写ってましたよね。これは天神さんの脇にある白米稲荷神社の鳥居と思われます。方角的にはちょっと嘘がありますが、モデルであることは間違いないですね。で、ほんまの天神さんの正面には(鳥居の位置からすると草若宅は裏手にあたります)相生楼という老舗高級料亭があって、表に川端康成生誕の地という碑があることに最近気が付きました。川端康成が大阪出身ってしらなんだ。とはいえこの料亭は江戸時代からあるもので川端康成とは関係がなく、今の料亭の敷地の南あたりに生家があったようで、わかりやすいところに碑を建てたみたいです。
お好み焼き若狭の焼き鯖昨日、天神橋筋商店街でお好み焼きを食べたのですが、草々たちがこのあたりにほんとに居たら絶対行ったろう(文珍師匠の色紙もあったし)と思う古ーいきたない(いやいや)けど、美味しいお店でした。ドラマのおかげで大阪の町と川と橋を再発見できました。もちろん落語も焼き鯖も!
またいつの日か、お付き合いを願います…。って感じですね。