FC2ブログ
2008.11.29 蕎麦紀行3
本殿への階段通路宿坊の朝ご飯朝は、やはり寒い。起き抜けにお風呂に行き身体を温める。食事前に階段状の渡り廊下で本殿まで。白装束のほんまもんのお参りの方々の後ろに座らせてもらう。床は超冷たいが座るところにはホットカーペットが敷いてある。ありがたいねぇ。神官の勤行、いや神道では何ていうのか祝詞?なんだろう、ありがたい言葉を発している。綺麗な装束の神官とはかまの若い神官数名。御祓いがあって白装束の人達の住所名前願い事が続く。株式会社なんたらの入札落札祈願とか、なんとかトーナメント優勝祈願とか身体堅固祈願とか…。いや、面白い体験でした。
なんと美しい鳥海山土門拳記念館そして朝食をいただき出発。まずは酒田の土門拳記念館へ。記念館からの鳥海山の美しいこと。鳥海山がちゃんと見えるのは月に数日だけだとか。なんてラッキーな私たち。しばらくみんなで撮影タイムだ。今は土門拳の風景写真が多く展示されていた。古寺巡礼などのイメージを持っていたので意外な明るい美しさに見惚れた。
山居倉庫上喜元の酒蔵お休み!山居倉庫でお土産など物色。築100年以上の酒田米穀取引所の倉庫だった土蔵である。今は主に土産物屋である。お酒もいっぱいあったのだが、このあとお目当ての酒蔵に行くので買わずにすます。…だが、探し当てた上喜元の酒蔵はなんと休み~(^_^;) この旅唯一の残念なことである。帰ってからも相棒は上喜元じょうきげんとつぶやいていた。
日和山公園より河口芭蕉翁を拝す気を取り直し、蔵元近くの日和山公園へ。酒田港の上にあるので最上川の河口と日本海が見えるところなのである。酒田を訪れた人たちの石碑がたくさんあって「文学の散歩道」ともいうらしい。 芭蕉が酒田で詠んだのは「暑き日を海にいれたり最上川」
なんと月山まで見えます出羽屋このあと車の中からずーっと雪の月山が見えている。月山もこんなにはっきり見えることは稀なのだそうだ。今日の蕎麦は去年も連れていってもらった山菜料理の出羽屋で。酒田と山形のちょうど中間あたりだろうか。きのこたっぷりの鍋の汁に入れていただく。温まって美味しかったです。ここはやはり蕎麦より山菜の美味しさである。近くに月山の蔵元があるので寄る。
月山の酒蔵茂吉の碑そして最後は山形の城跡公園へ。復元された大手門なかに山形藩初代藩主・最上義光公の像などがある。隣接する山形美術館の脇に茂吉の碑があった。旅の締めは茂吉となった。
 山のべに匂へる葛の花房は藤なみよりもあはれなりけれ
山形空港 4時40分…夜じゃん4時40分頃に空港に着いたがもう暮れている。旅も終わりで寂しい。ほんとうにいい旅だった。結局、高恵さんのお墓だけが雨で、あとは天候に恵まれ最上川も羽黒山も堪能できた。全くy-benさんとkanさんにはお礼のしようもないくらいお世話になった。おかげさまで素晴らしい休日でした。ほんとうにほんとうにありがとうございました。
スポンサーサイト



2008.11.28 蕎麦紀行2
庭から見た新春の間朝ご飯早朝、露天風呂に行くが雨である…。でもだんだん庭を散策できるくらいには上がってきた。さてさてどうなることやら! 超豪華版の朝食である。そんなに食べられへんちゅうねん…。だめ押しでつきたてのお餅が出たが美味しかった。(^_^;) 食べたんかい…。
きよそばさあ今日も張り切って行きましょう~、とご夫妻のお迎え。とーさん一番のお薦めの「きよそば」へ向かう。昨年芭蕉の後を辿った大石田町の最上川のほとりの人気のお店。
http://www.geocities.jp/dewaichirizuka/soba_kiyo.html
11時開店だが、開店してすぐに1時間待ちになるというので早めに行く。一番乗りであーる。暖簾の出る前に中に入れてもらう。名酒十四代を飲みながら美味しい漬物を食べて待つ。いや~きましたよ、板そば。!!!とっても美味しいです。昨日とは違い普通の太さだが、ずずっといくとかなりの腰がのどを過ぎる。うどんと違って蕎麦にはうるさくないが、たぶん今まで食べた蕎麦のなかで一番美味しいのじゃないかなぁ。出石とはものが違う!
最上川舟下り船から景色そして、去年憧れた最上川の舟下りへ。乗船場所は船番所の構えになっている。芭蕉ラインといい、芭蕉が当時見たと同じ景色を見ることができる。船は寒いのだろうかと思っていたら、サッシの窓にビニールの屋根でほとんどビニールハウス状態。陽が射しているので暑いくらいだ。12月になるとコタツが入るらしいが、今はそんな必要も感じなかった。船頭さんが解説をしてくれて途中舟歌や民謡なんぞをいい声で聞かせてくれる。雪あり紅葉ありの寒い地方ならではの景観で一時間はあっというまに過ぎていく。
いよいよ羽黒山国宝羽黒山五重塔さあーて、本日のメインイベント、出羽三山の表玄関・羽黒山参りである。雪の残る杉木立のなかをまずは国宝五重塔まで。平将門創建で、これは600年前に再建された東北最古の塔という。ここで車で上がるkanさんと別れて、全長約1.7km、2446段の長ーい石段を登るのである。用意してくれた長靴がなければとても無理だ。
宿坊目指して登ります写真中央のシャーベット状の石段をひたすら見つめつつ登る登る…。途中の茶屋も開いていない、っていうか止まると寒いので休みたいが休めない、でもすべるので早くも行けない、って状態で進む。45分で山上の宿坊・斎館に到着。待っていたkanさんに思わず手を振るのであーる。
三山神社宿坊・齊館斎館は羽黒山参籠所であり、中を通って本殿まで上がれるようになっている。本殿とは、月山頂上の月山神社、羽黒山頂上の出羽神社、湯殿山中腹の湯殿山神社を合わせた「出羽三山神社」。10月になるともう月山や湯殿山には登れないので合祭してあるのだ。萱葺木造建造物として日本最大の大きさ「国指定重要文化財 羽黒山三神合祭殿」である。
宿坊・夕ご飯宿坊での一番いいお部屋の茶室に泊めていただく。廊下は足が冷たいが部屋はヒーターで十分暖かい。難は一番いい部屋は一番トイレに遠いことである。それ以外は昨日のホテルと遜色ない…。そんなわけはないが、我々はここで十分であーる。とーさんたちとお食事をして飲んで喋って…、今宵も更けていくのであーる。(^_^;)
2008.11.26 蕎麦紀行1
山形行きボンバル機富士を遠くに見下ろしてこの連休に山形に行って来た。行く直前に山形は雪が降ったので正直心配だった。なんせこのところ1センチと積もらない東南アジア系大阪から行くのである。50人乗りの小さな飛行機で山形に到着。雨である。思ったより寒くない…と感じたのは空港からすぐにお迎えのy-ben夫妻の車に乗ったからにほかならない。今年も完全にお世話になる魂胆である…。
先行き暗いか…到着とーさんと懸崖であるまずはとーさんの菊見学である。家の前からずーっと並べてくれてある。もう菊も終わりの時期だが頑張って咲いていてくれた。kanさんお手製の漬物や棒鱈(やけに相棒が作り方を聞いていた。作るつもりなのか…)をいただいてちょいと休憩をして、さて出発である。雨があがって明るくなってきた。
斎藤家菊コーナーあらきそばである昨年食べられなかった「新そば」を食べにそば街道へ。有名店「あらきそば」へ連れって行ってもらう。古い茅葺き民家である。そばのメニューは「うす毛利・むかし毛利」のみ。普通盛りと大盛りのことかな。まず漬物がどんと出てくる。そして板そばといわれるように板というか箱にはいった蕎麦が出てくる。少ないように見えるが極太の蕎麦はすすることなどできない。そば屋で聞こえるはずの「ズルズル」はここでは一切聞こえず、皆もぐもぐと固いそばを食べる。
あらきそばに入る最上川やな場十割であるからかむほどに蕎麦の香り。かなりの時間をかけて食べるそば、こんなのは食べたことないなぁ。美味しいプラス珍しい蕎麦で店の風情もいい。雪道を客がどんどんやってくる大人気店だった。
りんご!さて次は最上川を見つつ白鷹町へ。ohiraさんの元文通相手の方の林檎園に寄る。青風ではお馴染みのとーさん御用達の林檎の林檎農園さんである。
そして去年亡くなった高橋恵一さんのお墓に連れていってもらう。と、急に雨が降り出す。高橋さん自らが生前に建て直したというかっこいいお墓である。高恵さーん来たよ~、とつぶやいていると大降りになったのは気のせいだろうか。車に乗ると雨は上がった(^_^;)
米沢藩主上杉家墓所東光の酒蔵次は、米澤藩主上杉家の墓へ。初代謙信の墓を中央に左右に深閑とたたずむ。ね、陽が射してるでしょ。お次は米沢市上杉博物館へ。立派な建物である。それから藩主の奥方や側室の墓所に。本日最後は酒蔵「東光」である。うれしそうに入っていくのであった…。見学ののち試飲するもいまいちで購入せず。
ニュー村尾は離れへ新春の間そして今宵の宿は上山温泉のニュー村尾。連休なのでどこも高い部屋しか空いてないのだが、楽天のサービスで半額で泊まれる部屋をゲット。半額でも2万5千円。そんな大それた部屋に泊まっていいのか? 相棒はどうせどこも高いんだったら普通は泊まれないとこがいいでしょって…
http://www.ohshokaido.co.jp/murao/
どんなところかは最高級離れ荘の新春の間をクリック! 二度とこんなところには泊まれないだろう。ホテルのロビーから奥の離れへエスカレータを登り下り、どんどんと…遠い。たどりついたら今度は階段を上がり離れと離れをむすぶ廊下をめぐって部屋につく。
夕食竹久夢二コーナー食事にもお迎えが来て連れていってくれる…。スリッパも他の人はビニールなのに私たちのはふかふかの布製である。食事も豪華で…。昔泊まった人の宿帳のコピーが廊下にあった。へ~っ。何故か竹久夢二だらけのコーナーもある。なんだろうか、このホテル~
ま、こんなところで1日目の夜は更けていくのである。
2008.11.21 付箋どうよ
とーさん入選作・懸崖「阪神の誉」山形市の菊花展(於:上山温泉・上山城公園)でy_benとーさんの懸崖が見事入賞\(^^)/ おめでとうございます~
「さくらんぼテレビ賞」と「いしやま寿司賞」受賞。
懸崖『阪神の誉』

はやクリスマス!もうクリスマスかぁと思っていると、「讃岐カレーきしめん」っつう看板を見た。讃岐うどんでもカレーうどんでも名古屋のきしめんでもない、のか。看板を見ただけでその正体は知らない。知らない方がいいような気もする…。なんだかなぁ。しかし、「なんだかなぁ」は私自身のことだ。
実はランチを食べた店に忘れ物をした話をブログに書こうとしていて、テキストを打つ段になって何を書くつもりだったか完全に忘れて急に讃岐カレーきしめん、である…。近頃ものを忘れることが頻発している。おみっちゃんが約束忘れが続いてブログで「ぎゃ~」を連発しているが、あれはスケジュールが過密すぎるのにメモってなかったりメモを見ることを忘れるからだろうなぁ。物覚えがよくて若い頃からメモなどせずに何でもてきぱきこなしてきた人ほど、加齢時の物忘れを激しく気にするようだ。人よりたくさんメモをすることで人並みにやってきたアチクシの場合、忘れること自体は仕方がないと思ってる。問題はMEMOするようなものではないもので発生する忘れものだなぁ。
「博士の愛した数式」みたいになんでもメモして付箋を身体に貼っていくか…。「テーブルの下の鞄の奥にマフラー(置くときなんか忘れそうだと思った)」とか「帰りに雨がやんでいたら注意。新しい傘を傘立てに入れた」とか「特集が気になっている12月号すでに購入」(同じ号を2冊買うのが続いたんだよぉ)とかさぁ…。
秋の収穫先日、岡山のY農園さんから無農薬野菜が届いた。で、わが家は秋の収穫祭、毎夜のサラダ・スープ・お浸し・煮物・炒め物・シチュー・鍋もの・漬物…すべて野菜である。ブロッコリーがことのほか美味しかった\(^^)/ 肉食の相棒が黙って食べているのは美味しいからなんだろう、と思うことにしよう。夜、11時とか12時に食べてるんだ、ちょうどいいんじゃないか? まあこれで忘れ物はともかく健康維持で、これでいいのか、いいとも~(^^)。
2008.11.18 歌と絵と
土曜日は馬酔木の会で生駒まで行った。今回はIさん欠席で4名。人数が少ないのにいつもより遅くなった。推敲に時間がかかったり話が脱線したり。脱線しても歌に関する話なので盛り上がる(個人的な話ではないってことだ)。人の歌の推敲に力を入れすぎると私の歌になってしまう。しかし素材がいい場合ついよけいなことを言ってしまいがちだ。まあそれはそれでいいか。素材をみつける力も試される。小さな歌会が病みつきになる理由のひとつかも。
福寿草の玄関…(^_^;)日曜日は画伯の個展に茨木市まで。ギャラリー福寿草への画伯の地図は大雑把ですぎるのだが前回迷ったおかげで真っ直ぐ行けた。ほめてやりたい…(^_^;)。みんなあれでたどり着けているのが不思議だ。ギャラリーといいながら普通の家である。小さな1軒の空き家をギャラリーとして開放いるって感じ。玄関や二階の写真を見ればおわかりになると思う。
1階の会場はそれらしいのだが二階では思わずくつろいで畳の上で画伯の画集をめくっていた。そうそう画伯が描いた来年10周年の愛媛青南の表紙のゲラ刷りが上がっていて見せていただいた。写真に撮ったが愛媛の方の楽しみがなくなるので上げずにおく。きれいでしたよ。
  家事一切妻に代はりてやりし二年この間描きし個展近づく
二階はただの畳の部屋であるあれですなぁ、青南の人はジェントルマンが多いですなぁ。歌の友達はよろしいわ、損得勘定がありませんやろ、と。絵は好きやから年いっても描けるんやけど額縁選んだりするのがしんどうてだんだんなんでも時間がかかりますんや。次はいつやら…っていうてはりました。
  二年程の制作が程よき個展にて義理買ひ下さる方々とても
画伯の歌はいつものお喋りのままに軽々としている。でも歌を作った翌日はやっぱり疲れてますわ…というてはりました。私は元気になります(解放されて、へっへっ(^^))。
2008.11.14 いとさびし
秋らしい空だんべ秋というのは空の青さがしみてきて、ひんやりと風が渡れば身体がなんだか透くような気がする。昨晩は居酒屋かわずに向かう道で友人といっしょに見上げた空には満月が。秋は月がことに美しい。濃淡に兎は見えなかったが、あれはかわずだったのかもしれない。

やわらかな秋の陽ざしに奏でられ川は流れてゆくオルゴール 俵  万智
転びたるはづみに深く呼吸してからだの中も秋になりたり  小島ゆかり
秋風にすわれば風がわたりをりこれだけの生これだけのこと 吉岡 生夫
水のあるほうに曲がっていきやすい秋のひかりよ野紺菊咲く 吉川 宏志
晩秋の陽ざしの中のひたむきや尺取り虫が虚空をめざす   三枝 昂之
 
かわずは今日も暇だったときどき雑談にくる掃除用品のセールスのおいちゃんが今日だけで引越を4軒見たよ、閉店とか撤退らしいよ。知らない間につぶれていた事務所は2軒あったよ。お姉ちゃんとこ大丈夫?って言われた。うーん、大丈夫じゃないんだなぁ、これが。今月も入金より出金の方がはるかに多い…。さわやかな秋というよりうらさびしい秋である。持つかなぁ、来年まで。麻生さんお金使うとこ間違ってるよ~
2008.11.12 750だよ
歌誌「ケノクニ」歌誌「ケノクニ」の750号記念号をいただいた。月1回として63年である。それに相応しい力の入った1冊である。これをまとめ上げたと言うことにまず頭が下がり、そこに集う方々の寄せる思いに心打たれるものがある。とりあえず10日もかかったよ、読むのに…。
群馬アララギ会として教育者として名高い斎藤喜博氏が創刊。「アララギの短歌道を学ぶと共に、地方文化の向上に貢献する事」を目標に出発したという。喜博氏亡きあとを土屋先生が選を引き受け、その後を小市氏がそして今は堀江氏が小市氏の代行といいながらもう長く選を受け持っている。それが其一欄。毎月その其一欄に五首、内田氏が選を担当する其二欄に九首投稿となっている。多くの会員が青南会員であるということは、その合計数からだけでも相応の鍛錬があるわけだ。うーん、あちくし月に提出するだけの歌を26首は多分作れないでしょう…(^_^;)
そういう方々が、記念号だけで23首提出していて、歌の数もすごーい!号である。しかも「詩のある短歌」「作歌上、特に気を付けていること」「良い歌とは」等の特集に20名以上が寄稿し、読みごたえ満載となっている。
猫の昼休みもう確立した色があり、異口同音に述べる言葉の方向は定まっており固いといえば固く面白くないといえば面白くないところもあるのだが、この安定感と真面目さとそこにある絆の強さは相当なものである。喜博を神とする云々の外からの評はあるだろうし、いまや堀江氏が神となりつつある雰囲気もないではない。ご本人は否定されるだろうが、1冊から漂うものはどうしてもある。しかし発行人の内田路線はやさしい育みである。たぶん二人のカラーの違いが土台を堅固にしているのだろう。堀江氏の望む大胆さがここに加われば面白いことになるんだろう。が、いずれにせよ、ちょっとよそ者には敷居が高すぎる。
しかし、こんな迫力は青風なんかにはないからねぇ。とにかく凄いわ、ちょっと真似ができない。発行の中心の内田さんと監物さんの肩をもんでさしあげたいと、本気で思った。
2008.11.06 環濠集落?
町なみ交流センター・華甍今井町・案内板不思議なもので奈良行きが続く。連休のいち日橿原市に所用のあった相棒について行き今井町に寄ってもらった。
今井町は室町時代から続く街並みと古い屋敷がたくさん残る伝統的建造物群保存地区である。なーんて、初めて知ったことで…。実は草津の歌会でHさんが今井町のことを詠っていて、皆で今井町話で盛り上がっていた。みなさん詳しくてあの町が「環濠集落」か否かでもめたりしたのだ。そういうさなかに私一人が「今井町ってどこですか?」と間の抜けた質問をしていた。あちくし聞いたこともなかったのであった。よってたかって今井町ってのはねえと教えてもらうのだが、うーん、そんなに有名なのか…。NETで調べればいくらでも載ってるわよ~といわれても聞いたこともない町を調べるわけもなく…。
電柱のない町並み向きによっては電線が見えたり…で、偶然にも橿原市に行くことになったので実地踏査に行ったのである。町並み保存センター華甍という案内所でレクチャー受ける(ちょっと覗いたら頼みもしないのに丁寧な説明がはじまった…(^_^;))。東西600m、南北310mの小さな町だが大半も大半、600軒余りあるの民家のうち500軒が江戸時代からの伝統様式を残す町家だそうで、そのうち8軒が国の重要文化財で4軒が県の文化財で5軒が市の文化財に指定されている。むしろ今風の普通の家が数軒あってそれが目立つ目立つ…そーんな町である。(だいたいが個人宅で今も居住しているので中は見学できないところが多い)
ここらは生活感がある見逃しません蔵元は通りのいくつかは電柱を埋めて電柱電線に邪魔されない江戸の町を堪能できるようになっている。なんでも倉敷を抜いて、残したい街並み日本1に輝いたそうだ。ちょうど一番古くて大きい「今西家住宅」の公開中だった(ここはもう住居ではない)。説明ガイドの方もいて無料で丁寧に説明していただける。
今西家の内部壊れそうな称念寺であーるで、わかったことは今は触っちゃダメ!状態の壊れそうな称念寺を中心として昔は自衛上(一向宗なので信長に対抗するために必要だったのだろう)の理由で濠をめぐらしていた典型的な環濠集落だったのだが、今は生活上不便となり濠は埋められて道路となっているのである。だから旧環濠集落ということになる。先に知っていれば論争に参加できたのに…。まあそういうことであーる。
小綺麗にしすぎたカフェのお庭で抹茶観光バスが数台停まっていたが、なんと「正倉院展・今井町」と書いていた。えーっ、正倉院展と並ぶ観光の目玉なのか…。やはり知らないのはあちくしくらいだったようだ。世の中知らないことが多すぎるー。